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大学と病院の労働法メモ1(大学病院臨床系教員の専門業務型裁量労働制)

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1−1 大学病院の「医師」は、臨床系教員(教授、准教授、講師、助教)、医員、医員(研修医)等で構成されています。
現在、臨床系教員のうち、教授、准教授、講師が、「教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る)」に就いている場合には、当該業務を対象業務とする専門業務型裁量労働制(以下、単に「裁量労働制」という。)が適用されます。
しかし、手術部、救急部、集中治療室等の中央診療施設や麻酔科などでは、緊急時や夜間などを含め、常時、一定数の医師を確保する業務上の必要性から、交代制勤務や変形労働時間制等を取っていることが多く、当該部署に所属する医師については、講師以上であっても裁量労働制を適用除外としていることが多いようです。

1−2 「大学教員」の裁量労働制の適用については、平成16年4月の国立大学の法人化を前にして、平成15年10月22日付けの厚生労働省からの通達(基発第1022004号)で、厚生労働大臣の指定する業務として、新たに「教授研究の業務」が対象業務に加えられたことに拠ります。

当該通達では、この「教授研究の業務」の対象となるのは講師以上の大学教員であり、助手(当時)については、裁量労働制の施行の当初から対象業務とされていた「人文科学又は自然科学に関する研究の業務」を適用し、当該業務に従事する場合に裁量労働制を適用するものとされました。

ただし、このときの通達では、診療業務に従事する臨床系教員については、「患者との関係のために、一定の時間を設定して行う診療の業務は教授研究の業務に含まれないことから、当該業務を行う教授、助教授又は講師は専門業務型裁量労働制の対象とならないもの」とされました。
また、診療業務に従事する助手(当時)の取扱いについては、当該通達では特に記載はありませんでしたが、当然のこととして、「診療の業務」は「人文科学又は自然科学に関する研究の業務」には該当しないものと判断され、適用対象とはされませんでした(「当然のこと」ではあるとしても、「該当の是非」については、明示すべきでしょう。)。

1−3 その後、現場からの要望や国立大学附属病院長会議等からの要請などを受け、上記の通達から約2年ほど遅れ、平成18年2月15日に新たな改正通達(基発第0215002号)が出されました。先の通達(基発第1022004号)では「患者との関係のために、一定の時間を設定して行う診療の業務は教授研究の業務に含まれない」とされていたものが、改正通達では「大学病院等において行われる診療業務については、専ら診療行為を行う教授等が従事するものは教授研究の業務に含まれないものであるが、医学研究を行う教授等がその一環として従事する診療の業務であって、チーム制(複数の医師が共同で診療の業務を担当するため、当該診療の業務について代替要員の確保が容易である体制をいう。)により行われるものについては、教授研究の業務として取り扱って差し支えないこと」と改められました。(なお、当初の通達における「大学の教授、助教授又は講師」という表現は、今回の通達で「教授等」とされています。)

国立大学法人化の当初から、診療に従事する助手(当時)の業務は、裁量労働制の対象業務である「人文科学又は自然科学に関する研究の業務」には該当しないものとして取り扱われていました。今回の通達で「診療の業務」に関して、新たに「チーム制(複数の医師が共同で診療の業務を担当)」という概念が導入されましたが、その適用は、「教授研究の業務」の取扱いだけに限定されていました。従って、今回の通達においても、診療業務に従事する助手(当時)の取扱いについての変更はなく、引き続き、裁量労働制は適用除外となりました。

1−4 この後、平成19年4月1日に学校教育法が一部改正され、「助教授」が廃止されて「准教授」が設置されました。また、「主として教育研究を行うことを職務」とする「助教」が新設され、「主として教育研究の補助を行う者」は、引き続き「助手」とされましたが、結果的には「助手」のほとんどは「助教」に異動しました。
これに伴って平成19年4月2日付けで通達(基監発第0402001号)が出され、当該職名の読み替えが行われました。「准教授」の対象業務は、改正前の「助教授」の対象業務と同様であるものとされ、引き続き、裁量労働制が適用されました。「助教」の対象業務は、「新設された「助教」等の労働実態が明らかになるまでの間」は、一定の条件の下、従前の「人文科学又は自然科学に関する研究の業務」に該当するものとして取り扱われることになりました。

以上が国立大学の法人化による「大学教員」の裁量労働制の適用の経緯です。これを踏まえ、以下に、臨床系教員に対する裁量度労働制の適用に関するいくつか論点について記載します。

2−1 法人化前から、大学教員の勤務時間については、一部、管理的業務や授業等で時間的な拘束はあるものの、研究業務に関しては、研究活動の性質上、時間管理が困難なことが多いため、教育公務員特例法により、学外「研修」や自宅「研修」及び夏季休暇期間中の「研修」などが、「勤務」として取り扱われ、柔軟に運用されていました。「入試業務」を除き、超過勤務手当(時間外手当)が支給されることもなく、労基法上の裁量労働制に近い勤務形態であったといえます。
一般の企業その他の法人が裁量労働制を適用する場合は、時間外手当などが不支給であること等から、裁量労働に見合った一定額の「特別手当」などが支給されることが多いものと思われます。

資料 「裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果」(JILPT)

2−2 従って、国立大学の法人化により、新たに、大学の教員に裁量労働制を適用するに当たっては、「特別手当」の支給や「俸給表」の見直しなどの検討が行われるべきであったという見方もできます。
しかし、法人化前から、大学教員の勤務形態が、教育公務員特例法の適用により「裁量労働制的」であり、給与も一般の国家公務員より優遇されていたという事実(教員の俸給表には、法人化前から既に「特別手当」的なものが含まれていたということ。これについては、「職務の困難性」による要因も大きいと思われる。)を踏まえるなら、法人化の際に、改めて「特別手当」を支給する必要はなかったでしょう。
一方で、裁量労働制が適用除外とされた臨床系教員に対して、同じ「俸給表」を適用したまま超過勤務手当(時間外手当)を支給するのは、均衡を欠くような気がしないでもありません。
ただ、大学病院の臨床系教員(医師)については、民間の勤務医などと比べて賃金格差が大きいため、人員確保の必要性から「初任給調整手当」を支給するなどしている実情を勘案すると、俸給表の見直しまでして、裁量労働制適用教員との均衡を図る必要はないのかもしれません。現時点では、大学の教員中、病院の臨床系の「助教」のみが、裁量労働制が適用外とされていますが、大学病院の過酷な「診療の業務」の重責の中心的な役割を担っている臨床系助教に対し、敢えて、裁量労働性を適用する必要はないのかもしれません。

2−3 次に、平成19年4月1日に学校教育法が一部改正され、「准教授」「助教」が設置された際の取扱い上の問題点について記します。

平成19年4月2日付けの通達(基監発第0402001号)により、「准教授」は引き続き裁量労働制が適用されることになりましたが、「助教」については、「主として教育研究を行うことを職務」とするものとされたにもかかわらず、「新設された「助教」等の労働実態が明らかになるまでの間」は、従前の「助手」の対象業務「人文科学又は自然科学に関する研究の業務」のままとされていました。

2−4 学校教育法第92条で、教授、准教授、講師の職務は、「専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の(特に優れた)知識、能力及び実績を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。」とされ、一方、助教の職務は「専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の知識及び能力を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。」とされています。
「教授研究の業務」関する職務上の相違はほとんどなく、教授は「特に優れた知識及び能力」、准教授は「優れた知識及び能力」、助教は「知識及び能力」というだけの相違で、およそ勤務形態に関係ない“実績や能力の差”というべきものです(講師は「教授又は准教授に準ずる職務」とされています。)。

2−5 通達(基監発第0402001号)が出された際は、「助教」については、「新設された「助教」等の労働実態が明らかになるまでの間」と記載されていることからも分かるように、暫定的に「人文科学又は自然科学に関する研究の業務」を適用するものとされていたわけですが、既に5年以上経過している今日、「助教」に対しても「教授研究の業務」を対象業務として裁量労働制を適用してもいいような気がします。その方が、法令(学校教育法)上も実際の労働実態とも合っているように思われます。

2−6 その場合、病院の臨床系助教についても、教授等と同様に「診療の業務」に関して「チーム制(複数の医師が共同で診療の業務を担当)」という概念が導入できることになり、「教授研究の業務」を対象業務とする裁量労働制が適用できるようになります。
ただ、法人化後に裁量労働制を適用除外としたことにより、超過勤務手当(時間外手当)の支給実績があることから、裁量労働制を適用するに当たっては、当該手当が不支給となるため、労働契約法第10条の「不利益変更」の問題を生じる可能性があります。場合によっては、何らかの代替措置が必要となるかもしれません。

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