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大学と病院の労働法Q&A5(兼業の許可・制限時間と36協定等)

  • 2015.8.31
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大学と病院の労働法Q&A5(兼業の許可の制限時間と36協定等)
Q5:本学では、兼業の許可基準として、週8時間を超えないこととしています。
これは、兼業をしている時間は時間外労働となるため、労使協定の時間(1月45時間、1年360時間)や厚生労働省の脳・心臓疾患の認定基準(平13.12.12 基発第1063号)などを参考に決定したものです。
今回、医学研究科から、この許可基準の見直しの要請がありました。医療機関への兼業に限り、週24時間以内まで認めて欲しいというものです。
見直し要請の理由は、地域の医療機関への大学病院の医師の派遣にあたり、当直を1回するだけで週8時間の基準を超えてしまうため、他の機関からの依頼に応じられないとのことです。
これらのことを踏まえ、以下のことについてご教示願います。
1.兼業時間の制限を週24時間に緩和した場合について
(1) 36協定に違反することになるのでしょうか?
(2) 過労死等が生じた場合、大学の学長名で兼業許可を出しているため、過労死の責任は大学と学長になるのでしょうか?
(3) 上記(2)で、兼業許可権限が学内の医学研究科長に降ろされている場合は、責任は医学研究科長と医学研究科だけになるのでしょうか?
2.医学研究科は、地域の医療機関への医師の派遣は「地域への貢献として大学の使命」であるとしていますが、これは大学の医局からの医師の派遣ということになり、職安法第44条の「労働者供給事業」に抵触するのではないでしょうか?

Q5の論点:Q5に関係する論点は、次のとおり多岐にわたります。
論点① 36協定と労働時間、時間外労働
論点② 複数事業場勤務者の労働時間、時間外労働
論点③ 医師の宿日直勤務
論点④ 使用者の安全配慮義務
論点⑤ 地域医療機関への医師の派遣

論点① 36協定と労働時間、時間外労働
時間外労働の限度等に関する基準とその運用については、告示「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長の限度に関する基準(平10.12.28 労働省告示第154号)」で詳細(限度基準リーフレット)に定められています。
Q5の1の(1)の「36協定違反に関することになるのでしょうか?」という質問に関しては、「時間外労働または休日労働に関する協定の届出様式の一部改正」等に係る通達(昭.53.11.20 基発642号の「第一の二の(一)のハ 留意点の(ハ)」において「一定期間の延長時間の限度について協定をした場合に、これに違反して時間外労働をさせれば、当然法違反となること」と記載されています。

論点② 複数事業場勤務者の労働時間、時間外労働
複数事業場勤務者の労働時間、時間外労働については、労基法第38条第1項で「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」とされています。
この「通算する」ということは、法定労働時間を定めた労基法第32条第40条はもちろん、時間外労働に関する第33条及び第36条、年少者についての第60条などの定めを適用するにあたっては、複数の事業場での労働時間を通算して適用するということです。

論点③ 医師の宿日直勤務
宿日直に関しては、労基法第41条及び労基則第23条において、監視又は断続的労働として労基署の許可を得ることによって、法第32条の労働時間(1日8時間、1週間40時間)の規定を適用除外する旨が定められていますので、当該勤務の時間は、法定労働時間の枠外になるとともに、36協定の時間外労働、休日労働にも含まれません。
宿日直の具体的な取扱いに関して、質疑を含む全般的な解釈例記については、通達(昭63.3.14基発第150号)370頁以降に「断続的な宿直・日直」として載っています。また、同通達の373~374頁に許可基準に係る通達(昭22.9.13発基第17号)が所収されています。
特に医師の「当直(宿日直)」勤務については、同通達の378~379頁に「医師・看護婦等の宿直」として通達(昭24.3.22基発第352号)が所収されています。この通達の中で、医師の「当直(宿日直)」業務の内容としては、「一般の宿直業務以外には、病室の定時巡回、異常患者の医師への報告あるいは少数の要注意患者の定時検脈、検温等特殊の措置を必要としない軽度の、又は短時間の業務に限ること」とされ、「昼間と同態様の業務は含まれないこと」と記載されています。
参考として、医師等の宿日直に関係した判例を掲載しておきます。
判例① 損害賠償請求控訴事件 大阪高判 平20.3.27
判例② 中央労基署長(大島町診療所)事件 東京地判 平21.2.21

論点④ 使用者の安全配慮義務
使用者は、労働者を無事に帰宅させる責任(安全配慮義務)を、労働契約の当初の暗黙の了解事項として負っており、労働者が被災したことはその労働契約における債務不履行(民法第415条、第416条)であり、責任義務を果たしたとの立証は使用者が負うべきものとされています。これが安全配慮義務です。
安全配慮義務は、労働契約に伴う付随義務てあるとされていますが、使用者の負う安全配慮義務の具体的内容があらかじめ確定しているわけではなく、「安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものである(川義事件 最三小判 昭59.4.10)」とされています。
債務不履行責任として安全配慮義務をはじめて認めた最高裁判決は陸上自衛隊事件(最三小判 昭.50.2.25)ですが、これらの判例法理が明文化されたものが労働契約法第5条の安全配慮義務です。

論点⑤ 地域医療機関への医師の派遣
地域医療機関や関連病院(以下「医療機関等」という。)への医局による医師の派遣が、職業安定法の「職業紹介事業」や「労働者供給事業」に該当するか否かの判断基準は、厚生労働省からの通達(平14.10.4 職発第1004004号で示されています。同通達において類型化された「医局による医師の派遣」については、次のとおり、いくつかのポイントがあります。
① 本人の「自由意志」か又は医局長等からの「指示・命令」か
②「職業紹介事業」及び「労働者供給事業」該当の有無
③ 事業性(業として行う)の有無

(職業紹介事業)
医局長等の紹介による医療機関等への医師の派遣(就職)であっても、本人の「自由意志」による場合は、「職業紹介」には該当するが「業として行う」と判断されず、「職業紹介事業」の許可は必要ありません。
この「自由意志」に基づく場合を具体的に類型化すると、医師の場合は「企業が現に雇用する(雇用していた)労働者に対し、次の職場をあっせんすることと同様と認められる限り」は、また、研修医の場合は「職業能力開発の一環として行われていると認められる限り」は、「業として行う」と判断されず、「職業紹介事業」の許可は必要ありません。
一方、大学院修了生等の場合は、同通達の「記の1の(3)のイ」で、「医局長等が大学院修了生等に対し、関連病院を紹介し、当該大学院修了生等がその自由意志に基づき当該関連病院に就職することは、一般的にその学生に対し、大学として職業紹介を行うものと認めることが適当である」と示され「業として行われる場合には、職業紹介事業に該当し無料職業紹介事業の届出が必要である」とされています。
しかし、臨床系の大学院生は、臨床研修を修了した医師としての職務経験を経た後に大学院生となるのが一般的であり、医局には「医師」として所属しています。従って、「医局長等の紹介」は「一般的にその学生に対し、大学として職業紹介」を受けるケースには該当しない(上記の医師の場合に該当)ものと判断されます。

(参考資料)職業紹介事業の業務運営要領

(労働者供給事業)
医局長等からの「指示・命令」による医療機関等への医師の派遣(就職)は、「労働者供給」に該当する恐れがあり、「事業性の有無」いかんによっては「労働者供給事業」に該当する恐れがあります。
「業として行う」か否かの判断は、通達(平14.10.4 職発第1004004号)の5頁目に(参考)として添付されている「「労働者供給事業業務取扱要領」第1の1の(2)のロ」で示された判断基準によることになります。
なお、この判断基準「「業として行う」とは、一定の目的をもって同種の行為を反復継続的に遂行することをいい、1回限りの行為であっても反復継続の意思をもって行えば事業性がある」は、「職業紹介事業」についても同様の文言となっています(上記「職業紹介事業の業務運営要領」第1の1の(2)の②)。

(参考資料)労働者供給事業業務取扱要領

A5:以上の論点解説を踏まえれば、回答は自然に導き出せると思います。
1.兼業時間の制限を週24時間に緩和した場合について
(1) 36協定に違反することになるのでしょうか?
A:論点①及び論点②の解説のとおり、当該大学の36協定違反にはなりません。36協定は、時間外労働を命じる事業場が締結しなければならないものです。

貴大学で8時間勤務した後に他の病院で勤務する場合は、論点②の解説のとおり、複数の事業場における労働時間は通算され、法定労働時間を超えることになる当該病院に36協定の締結義務があることになります。従って、時間外労働に関しては貴大学とは無関係で、貴大学の36協定違反にはなりません。また、貴大学で1週40時間勤務し、休日等に他の病院で勤務する休日労働の場合も同様の考え方になります。

なお、貴大学においては、専門業務型裁量労働制により8時間勤務したものとみなす場合は、法定労働時間を勤務したものとみなされた後の兼務先の病院における勤務は、当然、法定労働時間を超えるものとみなされるので時間外労働として処理する必要があります。

宿日直勤務については、労基法第41条で労働時間に関する規定の適用除外となっているため、8時間労働、40時間労働の枠外となり、36協定で協定した時間外労働、休日労働には含まれません。しかし、医師の「当直(宿日直)」に関しては、論点③の解説のとおり、救急外来や入院患者の容態の急変などにより「病室の定時巡回、異常患者の医師への報告あるいは少数の要注意患者の定時検脈、検温等特殊の措置を必要としない軽度の、又は短時間の業務に限ること」とされている業務を超えて「昼間と同態様の業務」を行う場合は、宿日直業務とは認められませんので注意が必要です。

貴大学における兼業時間制限の8時間の緩和について、特に病院に勤務する医師の場合は、単に形式的な勤務時間の整合性だけに止まらず、地域への貢献、医師の研修の一環、本務(激務と言われている医療業務)への影響等を勘案して、総合的に判断する必要があるものと考えます。

(2) 過労死等が生じた場合、大学の学長名で兼業許可を出しているため、過労死の責任は大学と学長になるのでしょうか?
A:無制限に兼業許可をした場合の過労死等の健康管理上の責任については、通算されることになる学外の労働時間についての許可を与えている以上、大学側に責任が発生しないとは断言できません。判例にもあるように、安全配慮義務については「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当」であると判示されています。安全配慮義務違反として、債務不履行(民法第415条)や不法行為(民法第709条)による損害賠償を求められれば、使用者である学長も責任を負うことになると考えます。その場合、限度時間等の一定の制限を設けていれば、当然、安全配慮義務に基づく一定の配慮がなされていたものと裁判上も斟酌されるものと思われます。
参考として、過重労働等に係る安全配慮義務に関係した判例を掲載しておきます。
判例① システムコンサルタント事件 最二小決 平12.10.13
判例② 電通事件 最小二判 平12.3.24

(3) 上記(2)で、兼業許可権限が学内の医学研究科長に降ろされている場合は、責任は医学研究科長と医学研究科だけになるのでしょうか?
A:民事的には、研究科長と、学長、大学(法人)に責任が生じると考えます。
学長が、承認基準に該当する場合は承認して差し支えない旨の承認権限を研究科長に委ね、研究科長の承認行為を包括承認しているということになるため、学長及び大学(法人)の責任はあります。研究科は法人ではないので、責任の客体にはなりません。

2.医学研究科は、地域の医療機関への医師の派遣は「地域への貢献として大学の使命」であるとしていますが、これは大学の医局からの医師の派遣ということになり、職安法第44条の「労働者供給事業」に抵触するのではないでしょうか?
A:論点⑤の解説のとおり、医局による医療機関等への医師の派遣が「労働者供給事業」に該当するか否かは、当該行為を「業として行う」か否か、つまり「一定の目的をもって同種の行為を反復継続的に遂行」していないか、また、「1回限りの行為であっても反復継続の意思をもって行えば事業」に該当するとされていますので、日頃から通達(平14.10.4 職発第1004004号の内容等を対象となる職員に周知し、注意を促すことが必要です。
なお、「職業紹介事業」についても同様の対応が必要となりますが、本件とは別に、一般的には、学生全体に係る就職活動の支援に関連し、大学として職業紹介を行うために「無料職業紹介事業」の届出をするのが通例となっています。

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